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2011年7月

2011年7月29日 (金)

BARに生息するイタリア人たち

 

毎朝毎晩通勤電車に揺られ、その時間が今の私の唯一の読書タイム。

今回イタリアで買った本の中で、電車で立ち読みするのにピッタリの本が、ご存知STEFANO

BANNI(ステファノ・ベンニ)の『BAR SPORT』。1947年にボローニャに生まれた人気作家

である彼の代表作で、今回このBARシリーズ3冊を含めた4冊を日本へ持ち帰りました。

 

Stefanobenni_barsporto

 

イタリアの町を歩くと、たくさんのバールに出会えます。イタリア人の生活に欠かせない空

間であるBAR。そのBARを舞台に、そこに集う人々、というよりもそこに“生息する”人々と

いう言葉がふさわしいような、個性豊かなBARに関わる人物を、彼独特の執拗な描写で、

時に皮肉な調子で書き出しています。一つのテーマで短いものであれば2、3ページの構

成なので、電車の中で読むのに丁度いい読み物。大笑いすることはないけれど、思わず

ニヤリと笑ってしまうステファノ・ベンニの文章は、結構病みつきになります。

 

今半分くらい読んで、気に入ったのが“IL PROFESSORE”

美しいひげをたくわえた教養ある紳士のプロフェッソーレは、BARでも皆から尊敬される親

切で礼儀正しい人間。ですが、ひとつだけ彼に自制心を失わせるものがあります。

それは、“間違ったイタリア語”。

『Posso offrirci un caffe`?』

誰かが彼にこういうと、彼は冷たい声でこう答えます。

『文法を勉強しなさい、そして10月に“私に”カッフェをおごりに戻って来なさい』

(学校を出直して来い、みたいな感じでしょうか)

またある時は、BARの使い走りと共にエレベータの中に閉じ込められ、3時間間違いだら

けのイタリア語を聞かされた末、ヒステリーの発作で2週間寝込まなければいけなかったと

か。私は絶対出会ってはいけない人です、プロフェッソーレは...

 

かなり誇張してるかなと思いながらも、いそうだヮそんな人、と納得することしきりのこの

『BAR SPORTO』は、1976年が初版。今から35年も前の作品なんですね。

今では、BARで公衆電話やビリヤードを見つけることはありませんが(行くとこ行けばある

かも?)、人間は絶対欠かせませんから、今もこういう個性的な人たちがBARで毎日を過

ごしているとしたら面白い。

 

私のBARでの思い出をひとつ。学校の仲間とBARでおしゃべりしていたときのこと。一人が

『昨晩はスパゲッティ・ボロニェーゼを作ってね~』と言うと、後ろに座っていた年配のご婦

人が、ちょっと待った!をかけました。『ボロニェーゼソースはね、スパゲッティで食べちゃ

あダメ。タリアテッレじゃないと!!』そこから、延々続くボローニャ伝統料理の話に、興味

津々のBARタイムとなりました。こんな感じで自然に話にはいってくるんですよね、おじさ

ん、おばさんは。やっぱり大阪人に似てる。

 

20110729_2  

  

ボローニャの奥様が、最近モダンなBARが増えたと仰っていたように、残念ながらそんな

アクの強い人たちが生息するBARはなかなかお目にかかれませんでした。あるいは常連

色の濃い雰囲気を無意識に避けたのかもしれません。次回こそはディープなBARに足を

踏み入れて、“プロフェッソーレ”や“BARのノンノ”を観察してみよう。

 

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2011年7月24日 (日)

泣き怒るイタリア人、泣き笑う日本人

 

この話、書こうかどうしようか迷いましたが、これもイタリアでの、特にロベルタとの思い出

深いエピソードなのでやはり書いておこうと思います。

 

ロベルタとガエターノと一緒にパヴィーアへ行った時のこと、あるトラットリアで昼食を取りま

した(この時の話はこちら)。泣き怒るロベルタの機嫌が直った後のこと、彼女は私にあ

ることを尋ね、私は不覚にも涙を流してしまいました。答えようと思っても言葉が出ず、ポ

ロポロと涙する恥ずかしさをごまかすため、笑いながら『ごめんね』という私に、彼女は『い

いのよ、話したくなければ。さぁっ!食べましょ』と。その話はそこで終了。

 

20110724_1 

 

長い一日に疲れ、家に帰って部屋に入る私をロベルタは呼びとめ、こう言いました。

『昼間のあなたを見て不思議に思うの、何故辛いことがあっても笑っていられるの?

 私はあなたの国の災害をテレビで見たわ。どうして日本人はあんな辛いめにあっても

 冷静でいられるの?私たちなら、きっとこうよ』

と、『Noーーー!○×@△□ーーーー!!!』と言葉にできない声で絶叫しました。

不謹慎にも、私はそのリアルな絶望表現に笑ってしまったのですが、彼女は真剣だから私

も真剣に答えなければ。結局、その時の私の答えはこうでした。

『辛いとき、私たちも心の中では泣いてるよ。喚いたり、叫んだりしないのは、全てはどうし

 ようもないこと、受け入れざるを得ない運命だと思うから。私は信仰を持たないけど、人

 には運命があると信じてる』

拙いイタリア語で答えたこの言葉が、果たして答えになっているのか今でも解らないけれ

ど、ロベルタは日本人はdignitosoだ(品位がある、気高い)と言ってくれました。

私自身にはその言葉は全くもったいないのですが、日本人をそういう風に感じてくれるの

はとても嬉しく、彼女のことはやはり憎めないのでした。その後もイタリアで過ごす中、イタ

リア人(特にロベルタ)の感情の豊かさ、激しさに驚き、日本人の抑えた感情表現は特異

なのだと改めて納得。

 

20110724_2  

 

イタリア人とか日本人とか、ひとくくりに出来ないこともこの3ヶ月で改めて納得したことで、

それを承知で書きますが、西洋人が日本人といえばサムライというように、日本人には

武士道ともいわれるような倫理観やいかなる時も冷静でいることを重んじる精神が残っ

ていることは間違いないと思うんです。そして線の細い我々日本人に比べ頑強な西洋人の

彼等が、絶望に泣き喚いたり叫んだりできるのは、まだそれだけの力が残されているから

ではないか、とも思います。でもエネルギーでは負けても、日本人には粘り強い、内に秘め

た強さがあるはず、ですよね。

さて、皆さんならロベルタの問いにどう答えるでしょうか?

 

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2011年7月21日 (木)

レデントーレの祝祭~イタリアからの便り

 

イタリアから戻って早2週間。有給休暇も公休もすっかり使い果たし、休みなしの毎日を過

ごしています。長い長いヴァカンスを過ごした身ですので、文句もグチも言えませんが、逆

にまだまだ若いなぁ、と妙な自信を持ったりして。

 

そして昨夜、このブログの主役になりつつある(!?)、我が大家ロベルタにようやくメール

を送ることができました。帰国の旅のことや近況を書き、滞在中ロベルタ、ガエターノと一

緒に行ったサーカスでの写真を添付して。すると今日、早速ロベルタから返信が。

 

20110721_2  

 

『メールと写真をありがとう。私たちって、結構いい感じだったじゃない、でしょ?』

そして、『来年も部屋を空けておくから、ここを拠点にイタリア美術巡りをしなさいよ』、と。 

私が1しゃべると、10返してくるロベルタでしたが、メールも同じ。ロベルタらしい天真爛漫

なおしゃべりや、強気な意見と助言、そして細かいあれやこれやがたくさん書かれていて、

思わず笑ってしまいました。一緒に暮らしていたときは、私のイタリア語の間違いを、細か

く訂正するロベルタでしたが、今回は指摘がなかったので完璧だったかな、とニンマリ。

 

20110721_1  

 

なんでもここ数日はボローニャ近郊にある標高840mのMonghidoroの山で過ごし、その後

ヴェネツィアのFesta del Redentore(レデントーレの祝祭)に行って来たんだとか。これは、

1577年のペストの終焉に感謝する5世紀に渡って続く宗教行事。7月の第3日曜日にサン・

マルコとジュデッカ島にあるレデントーレ教会が、この時だけ船の橋で結ばれます。今年

は7月16,17日に行われ、たくさんの人で賑わったとか。いいな、いいなぁ。私は祝祭はもち

ろん、まだレデントーレ教会にも行っていないのでした。ヴェネツィアでは満足するほど過

ごしたと思ったけれど、やっぱりまだまだ。

 

こうして少しでもイタリアに触れると、来年と言わず今すぐ帰りたくなるな、イタリアへ!

  

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2011年7月18日 (月)

イタリアで学校へ行こう!

 

イタリア語の勉強を始めて、はや10数年。学校へ行く時間が取れず、ずっと独学でした。

初めの1年は夢中で勉強したなぁ。とにかく早く仕事を終え、帰って勉強したい!と、家事

もそこそこに夜遅くまで頑張って、本当に楽しかった。途中長いブランクがあり、最近はほ

とんど進歩せずにいましたが、ようやくイタリア語を習う機会がやってきました、それも現地

イタリアで!

 

20110718_1  

 

イタリアを旅するとき以外、ほとんど機会のない“会話”を中心に授業を進める学校に入

校。短期の生徒さんが多く、1週間単位で人が入れ替わるクラスは、大体5人前後の生徒

で構成されていました。幸い耳もすぐに慣れ、2,3日経つと先生の言っていることもほぼ

わかるようになりましたが、元々自分の気持ちや意見を話すことがとにかく苦手で、それ

がイタリア語になったからといって突然話せるわけはなく、なかなか言葉が出てこない自分

に内心凹みっぱなし。それでも、たまに自分の言いたいことをちゃんと伝えられたときは、

最高にうれしかった。

 

20110718_2  

 

年齢層は、下は17歳から上は70歳近くまで幅広く、私が通っていたときは60歳前後の女

性が多かったように思います。皆、ボローニャを選んだ理由として、“観光客が少なく落ち

着いた町だから”。これを一番に挙げていました。当然皆、イタリアに興味のある人たちで

すから、お互いのイタリアへの関心について話したり、情報を交換したり、特に食いしん坊

が揃った週は、食の話題に大いに盛り上がりました。週に何度かは、授業のあとに課外

活動があり、町歩きをしたり、アペリティーヴォを楽しんだり、近郊の町へ出掛けたりしま

す。でも、学校を離れると、みな意思疎通が容易な英語で話すことが多く、実は私はほと

んど参加せず。

ロベルタに話すと、『折角イタリア語を習いに来て、英語で話すなんて!じゃあ、あなたがイ

タリア語で話そうよ、って言えばいいじゃない』、と。仰るとおり....でもね、それ以外に

も大勢で何かをするのが好きじゃないの、と。とはいえ、クラスメイトと一緒にBARへ行った

り、夕食を食べに行ったり、久方ぶりに学生気分を満喫。

 

20110718_3  

 

学校に限らず、私が気に入ったのはファーストネームで呼び合う習慣。年下の人とも年上

の人とも名前で呼び合うのは新鮮で、敬語のように堅苦しさを感じず、年齢の隔たりなく話

が出来たことはとてもいい体験でした。学校嫌いの私ですが、やはり好きなことを習うのは

別みたい。最初の希望では、ずっとイタリアを旅していたい!と思ったけれど、こうして学

校に通うよう薦めて下さったボローニャの奥様に、今心から感謝しています。ここもまたい

つか、数十年後かもしれないけれど、戻りたい場所。もっともっと年をとっても、好奇心や

学ぶ気持ちをずっと持ち続けたいですね。

 

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2011年7月14日 (木)

リコルダーティ!ロベルタ家の生活

 

今回の滞在にあたって、一番重要で楽しみだったのは“どこに住むか”ということ。

語学学校の手配は、エージェントを通さず直接申し込みをし、住居の希望として独立アパ

ートと、シングル部屋の両方を提示しました。しかし学校から送られてきたのは、『アパート

を持っている女性の部屋を借りられるから、彼女に直接連絡してアポを取って』、というごく

シンプルなメール。日本の至れり尽くせりになれた身にはちょっと驚き。どちらかというと、

独立アパートを考えていたので少し迷いましたが、そのアパートのオーナー(ロベルタ)が

ボローニャの奥様とつながりのある人だったこともあり、またボローニャの家賃の高さを考

えるとやはり下宿がベストと判断し、決定!!結果からいうと、これは大正解でした。

 

20110714_1  

 

学校でも皆色々なスタイルで部屋を借りていました。アメリカ人の女の子はハッキリ、『他

人と住むのはイヤなの』、と独立アパートに。留学生5人と暮らしている子もいれば、イタリ

ア人家族にもてなされている人もいたり。皆それぞれの生活をエンジョイしているようでし

た。なので、性格や年齢、生活スタイルに合わせて選ぶのがベストで、今回私も最良の選

択をしたと思います。もし、独立アパートで一人で暮らしていたら、実際の1/3ほども滞在

を楽しめなかっただろうな。

とはいえそのオーナー、ロベルタとの生活はなかなか手強く、まずは決まりごとをレッスン。

何せ28世帯中、24世帯が泥棒に入られているコンドミニオで、それはそれは神経質にな

っていますから、出かける前は戸締りを万全に、最後にアラームをセットして。窓も日本の

ようにガラッと閉め、カチっと鍵をかけるというように簡単にはいきません。とくにバルコニ

ーは、毎回納戸から重たい脚立を持ってきて上り、ウルトラ頑丈な南京錠でガチャリと。出

かける前からかなりエネルギーを使いました。

 

20110714_2  

 

上の写真は、お互いパスクワのヴァカンスへ出かける前に置かれた、“RICORDATI”と書

かれたメモ。覚えておくこと!ということで、ほとんどChiudi(閉めること!)になってます(笑) 

雨どい、窓、網戸、天窓、テント、ガス、玄関、あちこち閉めて閉めてようやく外出。やれや

れ。全て身長168cmのロベルタサイズに仕様された家なので、158cmの私には何もかもが

高すぎて、常に椅子に上ったり、背伸びしたり。毎回、『ほらストレッチ、ストレッチ』とから

かわれたなぁ。メモ魔の彼女のこと、一つ閉め忘れた日には、昨日はこれを閉め忘れてい

た、とまたメモが残されています。私もどちらかというと几帳面なほうですが、所々にO型の

おおざっぱなところがでちゃうんです。でも褒め上手でもある彼女、完璧に閉めた日には

大げさに褒められたもんです。

彼女と過ごした数ヶ月は、なんだか自分が小さな子供になったような気持ちでした。

 

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2011年7月11日 (月)

今、イタリアの本に囲まれて

 

帰国してから5日目。

イタリアの余韻にどっぶり浸りたいところですが、日本の日常は待ってはくれません。

帰国前、すぐに仕事の勘を取り戻せるかと少し緊張しましたが、それは杞憂に終わり、こ

の3ヶ月がまるで夢だったかのように、元通りに毎日が過ぎています。

それでも家に帰るとすこうしずつ荷物を解き、頑張って持ち帰ったあれやこれやを取り出

すのが楽しい時間。今回は合計50kgを発送し、母の帰国時にも美術展のカタログやら大

物を持ち帰ってもらい、もちろん自分自身も大量の荷物を抱え日本に戻りました。

 

20110711_1  

 

今回もやはり本がメインで、読むのに一生かかるんじゃないかというくらい、軽く40kgを超

えるほどの本を買ってしまいました。全て読めるかどうかは神のみぞ知る。落ち着くまで

は、とりあえず並べて眺めていようか。どうかそれで終わりになりませんように。

 

ボローニャでは本当に書店によく通いました。幸い書店の多い町だし、特に古書店は本の

出入りが多いので、数日おいて行ってみるとちょっと変わった本に出会えることもあり、何

度となく足を運びました。荷物が増えるたびに、もうこれ以上本は買わない、本屋にも行か

ないと思うのに...これもまた中毒というのかな。

 

20110711_2 

 

そして、滞在中もよく本を読みました。

本を読むとき一番好きだった場所は、おおきな教会横の庭。木陰のベンチに座っていると

大きな犬がボールを投げて遊んでもらっていたり、おじいちゃんたちがおしゃべりに花を咲

かせたり、のどかな午後の風景が見られます。私は教会前のジェラテリアに刺激され、試

してみたり。色々な人が過ごすこの庭で読む時間が、一番はかどったような気がします。

 

そういえばロベルタとのイタリアと日本の生活環境の違いの話から、将来どんな生活をした

い?と聞かれ、迷わず“晴耕雨読”と答えた私。

日本でもいつか、イタリアで過ごしたような時間が持てますように...

 

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2011年7月 8日 (金)

イタリアより戻りました。

 

無事イタリアから戻りました!

最初、リムジンバスの出る鉄道駅まで送って下さる予定のボローニャの奥さまに、やっぱ

り空港までと最後まで見送って頂いて、出国の最後の最後で涙がほろり。あぁ、やっぱり

私にとってこの3カ月は特別な時間だったなぁ。3か月のあれやこれやを思い出してしまい

ました。

そして、帰りのヨーロッパ乗継の日本行きの飛行機で隣に座ったのは、イタリア人男性。

相変わらずちゃめちゃなイタリア語でしたが、めいっぱいイタリアにひたれました。神様は

最後まで楽しませてくれますねぇ。

 

20110706  

 

日本についてからは急に気が緩んだのか、判をもらった別送品の申告書を落として探しま

わったり、携帯電話を浸水させたり(これはショック!)。おまけにスーツケースも破損。私

が日本に帰るのを待っていたかのように数々のトラブルが。でもさすが日本、流れるように

スムーズに対応してくれます。とはいえ順応性が高いと言われた私、すっかり待つことにも

慣れましたが。

そうして総重量45kgの荷物と共に、ようやく家に辿り着き早速出社、家族も仲間も猫もや

っと帰ってきたね、とご機嫌に迎えてくれました。

  

そして、イタリアで更新中、毎日たくさんアクセス頂き、多くの方に読んでいただきました。

やはりイタリアに関心を持ってらっしゃる方が多いんだなぁ、と改めて実感。読んでくださっ

た皆様、本当にありがとうございました。

これからどういう形にしようか、まだ迷っていますが、現地ブログでは書ききれなかったエ

ピソードもたくさんあるので、そんなこともボチボチと更新していきましょうか。

それでは引き続きよろしくお願い致しま~す。

 

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2011年7月 6日 (水)

イタリア生活最後の夜

 
今日は朝ヴェネツィアを発ち、ボローニャに戻りました。今夜は、ボローニャのご夫妻の家

で過ごしています。昼食をご馳走になり、奥様と最後のボローニゃ街歩き。どこへ行きたい

かと聞かれて、リクエストしたのは、サン・ドメニコ教会と市場、そして書店。ボローニャの

シンボル、二本の斜塔とマッジョーレ広場、サン・ペトロニオ教会へも。どこも何度と無く訪

れ、過ごした場所ですが、こうして二人で歩くとまた新たな発見があります。

 

20110705_1  

 

夜はご主人もご一緒に近くのビッレリアへ。

今回の滞在に際し、最後まで親身にお世話してくださったお二人。お二人の存在がなけれ

ば、これほど充実した時間を過ごすことも、不自由なく過ごすことも、身軽に旅に出ること

も、たくさんのこと知ることも、そしてロベルタ家に住むこともなかったでしょう。

 

20110705_2  

 

考えていた以上にたくさんの経験をし、たくさんのことを見た3ヶ月。

きっと忘れられない思い出になります。そしてきっとまたイタリアに、ボローニャに戻って

くることを楽しみに、次の目標へ進みたいと思います。

 

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2011年7月 5日 (火)

トレヴィーゾ散歩、そしてヴェネツィア最後の夜

 

今朝はゆっくりと朝食を取り、ヴェネツィアから列車で30分ほどのところにあるトレヴィーゾ

の町へ行ってきました。ここは2年前に一度訪れているので、今日はのんびりと散策を。

街中を運河が流れ、ヴェネツィアのような喧騒はなく、静かで優雅な風景。

 

20110704_1  

 

未訪のサン・ニコロ教会へ行ってみると、ここがまた素敵な教会で、1300年~1400年代初

頭に描かれた素朴で鮮やかなフレスコ画で飾られています。特にサン・クリストフォロの巨

大なフレスコ画はユニークにも感じ、その姿にほっこりします。

 

20110704_2 

 

そして、ティツィァーノの膨大に残されている作品の中でもお気に入りの一枚、『受胎告知』

が、ここトレヴィーゾのドゥオモにあります。ふっくらとした聖母と躍動的な天使の姿が美し

い、ティツィァーノならではの構図の洗練された作品。 

月曜日は美術館もお休みなので、のんびりと街歩きだけを楽しみました。TVのニュースで

も流れていましたが、いよいよSALDI(セール)が始まって、ミラノなど大都市のブランド街

では行列ができているとか。でも小さな街はあくまで静かなものです。

 

20110704_3  

 

再び列車に乗って、ヴェネツィアへ。駅からリアルト橋まで歩きます。この3ヶ月の間に何

度となくヴェネツィアを訪れました。一人の時は全て徒歩で周ったため、“PER RIALTO”,

“PER S.MARCO”,“PER FERROVIA”など、行き先表示の看板にはとても助けられました。

その表示でも足りないところは落書きのように書いてあったり、紙が張ってあったり。これ

がなければまさに右往左往。本当に迷宮の町ですね、ヴェネツィアは。

 

20110704_5  

 

最後の昼食は奮発して眺めのいい運河沿いで、と思っていたら今日はお休み。残念!

お気に入りのカンティーナ・ド・スパーデへ戻り、他ではなかなかお目にかかれない魚介の

ラザニアを堪能。あとは名残惜しく、またまたサン・ザッカリア教会などヴェネツィアの好き

な場所、そして未訪の教会を訪れました。

それにしても、サン・マルコ広場、リアルト橋の人の多さにはびっくり。おまけに広場の歴史

あるカフェのお値段にもびっくりしました。これはどちらも世界一だろうなぁ、きっと。

 

20110704_6  

 

今回、私はカルミネ教会の近くのホテルに泊まりましたが、宿のご主人がこのエリアを

“IL CUORE DI VENEZIA”と表現なさっていました。広場では子供たちがサッカーボールで

遊び、大人たちは夕涼みがてらにおしゃべり。のんびりとした時間が流れています。

そして、いよいよ私のイタリア時間も終わりに近づいています...

やっぱりこのまま残りたいなぁ、イタリアに!

 

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2011年7月 4日 (月)

ジョルジョーネにふられ、グラッパに酔う

 

昨夕ヴェネツィアに到着し、日が暮れるまでそぞろ歩き。今日の早起きはちょっと大変でし

たが、ヴェネツィアから列車で1時間のところにある、カステルフランコ・ヴェネトへ行ってき

ました。このヴェネト州の小さな町はなんといっても、ヴェネツィア派の画家ジョルジョーネ

が生まれた町として有名ですが、私のお目当ても大聖堂にある彼の祭壇画です。

 

20110703_2  

 

地図がなかったので駅前からまっすぐ歩き、尋ねながら美しい塔をくぐってチェントロに到

着。小さな町なので、ドゥオモもすぐに見つかりました。うっかりしていましたが、日曜日の

今日は11時30分までミサが行われるため、ミサ中はツーリストは中に入れません。なので

先に隣にあるカーサ・ディ・ジョルジョーネの美術館へ行くことに。ここで大聖堂の祭壇画の

由来を知り、昨年行われたジョルジョーネ展のビデオを観て、ジョルジョーネに帰属するフ

レスコ画も観て、さて大聖堂へ!と向かうとまだミサが続いています。

 

20110703_1  

 

同じく祭壇画が目当ての年配の御夫婦3組と一緒に外で待ち、奥様の一人が何度も覗い

ては、今説教をしているからまだまだだとか、バーチョの交換が終わったからきっともう

すぐ終わるだろうと報告してくれます。でも大聖堂閉館の12時を過ぎてもミサは終わらず、

中では大きな拍手が起こっていたので、何か特別な日だったのかもしれません。

そして1時間以上待った末、中に入ると、礼拝堂の格子扉は閉められ、照明も消えていま

す。ご主人の一人が聞きに行くと、今日はみせられないと。皆あきらめきれず、別の男性

に話をしに行ってもやはりダメ。『折角日本から来たのにね』と肩をたたいて慰められまし

たが、やっぱり観たかったなぁ。。。

 

20110703_3 

 

こういうことはイタリアではよくあることなので仕方ないのですが、今日は格別に残念で、そ

の後町歩きをする気分になれず、一杯のスプリッツでリフレッシュし、カステルフランコの

町をあとにしました。そして再び列車にのってバッサーノ・デル・グラッパへ。ここは美しい

グラッパ山をのぞむコペルト橋と、蒸留酒グラッパで有名な町。私が到着した時間はお店

も教会も全てお休みで、昼食を食べるところを探しながら、駅から歩いていると結局いいお

店がみつからず、すぐに橋にたどり着きました。

 

20110703_4   

 

この橋の袂には、グラッパの製造会社ナルディーニのお店があります。すっかり出来上が

ってフラフラになっている若い男性の姿も見られ、ぐいぐいグラスを開けている女の子に

声をかけて『何?私のこと知ってんの?私はあんたなんか知らないわよ』と全く相手にされ

ず。いやぁ強いわ。

私もここで、アペリティーヴォを飲み、お土産用のグラッパを試飲。これがからっぽの胃に

流れ込み、軽く酔ってしまいました。お兄さんに箱に詰めてもらったグラッパを、『頑張って

持って帰って!』と、ドンっと渡され、これはもう真っ直ぐ帰るしかないか。ということで、美し

いと言われる橋の外観も観ず(一応渡った)、教会も美術館も観ず、そのままヴェネツィアへ。

まぁ、こういう日もありますよね。

 

20110703_5  

 

ヴェネツィアのレジデンスに荷物を置いて、大型客船が目の前を通るザッテレの岸を少し

お散歩。ここ数日は北にいるからか蒸し暑さがなく、風を冷たいくらいです。

それにしても、今日は残念続きでしたが、また次回の楽しみにとっておくとして、お天気に

恵まれたので良しとしましょうか!

  

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2011年7月 3日 (日)

トリエステの海岸散歩、そしてヴェネツィアへ

 

今日はトリエステの駅前から36番のバスに乗って、カステッロへ行ってきました。

バスはお城の目の前まで行かず、海岸線の途中から歩いていかなければなりません。

海岸沿いには、水着姿でせっせと日焼けにいそしむ人たちがずら~り!ここには砂浜が

ないため、岩の上や海岸沿いの道にデッキチェアやタオルをひいて寝転び、新聞を読んだ

り、おしゃべりしたり。初めてトップレスの女性をみましたが、意外と色気ないものですね。

 

20110702_1_4  

 

さて、カステッロ・ミラマーレに到着です。オーストリア皇太子マッシミリアーノ(伊語読み)の

白亜のお城で、岬の一等いい場所に建てられた眺めの良いカステッロです。内部には美

しい家具や調度品が残され、各部屋のパイナップルと錨をあしらった壁の刺繍が印象的。

本元のシェーンブルン宮殿などとは比べられないほど小さく、好感のもてるかわいらしいお

城です。マッシミリアーノと皇妃カルロッタにまつわる部屋や絵画、そして広い庭など意外と

見応えあり。土曜日の今日は、家族連れや観光客で賑わっていました。

 

20110702_2  

 

帰りはさんさんと陽を浴びながらバス停まで歩きます。海岸沿いにはさらにたくさんの人が

並び、なんともすごい光景。そういえば、ロベルタに日本人はどうして日焼けしたがらない

のかと尋ねられましたが、私たちにとっては色白が品良く美しさの象徴だと答えると、ま

るで1800年代のイタリアみたいねと笑っていました。でもイタリア人も美しく焼けている人

は少なく、焼きすぎで焦げている人もいますョ。

 

20110702_4  

 

さて、チェントロへ戻り、海岸沿いを歩くとそこには大型客船がドーンと聳え停泊しています。

実は今日、トリエステではこの“COSTA FAVOLOSA”という豪華客船の就航式が行われる

日。トリエステ一のピアッツァはそのイベント会場となり、海岸には多くの人がその姿を

見に訪れていました。青い空、そして青い海に浮かぶ巨大な船、うってつけのイベント日

和。気温が下がった今日、海風が心地いいです。ここトリエステはとてもリラックスして過ご

せる町、また訪れたい場所です。

 

20110702_5  

 

昼食を取り、最後にトリエステカッフェを堪能し、再び列車に乗ります。

旅の最終地はヴェネツィアに到着、やはり私にとって特別な町なんですね。

 

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2011年7月 2日 (土)

優美な港町トリエステへ

 

いよいよ7月、イタリアもヴァカンスに突入です。おらが町一番のイタリア人も、近年海外へ

出掛ける人が増え、お年寄りは英語の処方箋を、若者は電子機器を携えて、ヴァカンスへ。

そして私は今、国境の町トリエステに来ています。

 

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オーストリア、スロヴェニアと国境を接するジューリア州は、長くオーストリアの支配下にあ

り、複雑な歴史を経て、ようやくイタリアに併合されました。それゆえオーストリア風のネオ

クラシックな建物や文化が色濃いエレガントな街並みが見られます。意外とイタリアではス

ーツ姿の人は少なく、皆さん割とラフなんですが、ここではパリっとしたスーツを着た人の

姿を多く見ました。

写真はこの町のメイン広場、Piazza dell'Unita d'Italia(イタリア統一広場)の風景。

私は海か山かというと、断然山派。どの国でも港町の混沌とした雰囲気が苦手で、あまり

足が向かないのですが、ここはその文化への関心やボローニャのご夫妻にも強く薦めて

いただいたこともあって、今回ようやくその機会を得られました。そして、想像とはまったく

違った穏やかでエレガントな町並み、そして親切な町の人々に出会いすっかりトリエステが

気に入りました。

  

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お昼前に到着し、出発前に歴史的カフェのリストを作って頂いたので、そのうちの一つで昼

食を。先日の美術展で魚の絵を観て、思わず魚が食べたいと口走るほど魚介欠乏症の

私。3ヶ月間ほとんど和食を恋しいとは思いませんでしたが、魚介は恋しい!ボローニャで

は美味しい魚介はなかなか食べられないんです。というわけで、海辺のこの町でアンティ

パストに、プリモにと存分に魚介を堪能。

 

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見所の多いトリエステのシンボルは、やはりサンジュストの丘とそこに建つサンジュスト聖

堂でしょうか。ビザンチン、ロマネスク、ゴシックと様々な様式が融合した古色蒼然とした

聖堂です。珍しい5身廊内部のフレスコ画やモザイクは必見。

ローマ劇場や味わいのある教会を見ながら町歩き。その合間に歴史的カフェで休憩を。

幸い、今日は曇り空でさほど暑さを感じませんでしたが(電光掲示には37度と!体感は

30度位)、それでも冷えたカフェ・フレッドが飲みたくなります。

 

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それにしても、トリエステのカフェの多さには驚き。日本でもメジャーなイリーのお膝元です

し、特にヴィア・サン・ニコロの広い通りにはカフェがずらりと並び、各お店のテーブルで埋

め尽くされています。トリエステではオーストリア風にカッフェにパンナを添えることも。

 

そして、トリエステの町にはたくさんの美術館・博物館があります。今回私が訪れたのは

Museo Revoltella、レヴォルテッラ美術館。ここは近代美術館も兼ねていますが、その館

と調度品はとても上品で、近美のコレクションも見応えたっぷり。私は特にお気に入りのア

イエツの一枚と、1800年代絵画に大満足。ここはお勧めです。

  

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夕刻、港へお散歩へ。雲の割れ目から神秘的な光がこぼれ、皆思わずカメラを構えます。

いくつかある堤防では、魚釣りをする人の姿も。丁度一尾釣れたお父さんに拍手。

Trieste e` la citta eccezionale!

 

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2011年7月 1日 (金)

フィレンツェ、心に響くジョットの鐘の音

 

昨日ロベルタのコンドミニオを出て、フィレンツェへやってきました。ここで用事を済ませ、

あとは予定をたてずにのんびり街歩き。ボローニャもイタリアの中では蒸し暑いほうです

が、フィレンツェはポルティコがない分、より暑さを感じます。

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先日観られなかったサント・スピリト教会ですが、3度目の正直でようやく開いている時間に

訪れることができました。前々回訪れたときには何もなかったファッチャータですが、今回

は足場が組まれていて、これから修復に入るのでしょうか。この未完のファッチャータがか

わいくて好きなんです。フィリッピーノ・リッピの絵も秋に開催されるローマでの美術展に向

けて修復中でしたが、美しい教会内部を久しぶりに観ることができました。

  

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何度となく通ったドゥオモの前。先月母と訪れた時は、迫力のクーポラが見られるアパー

トに泊まり、旅一番の思い出になりましたが、今回はジョットの鐘楼が間近に見られるホテ

ルに宿泊。Che meraviglia!

 

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夕陽を浴び美しく輝くドゥオモを眺めながら、心に響くジョットの鐘の音を聞くのがフィレンツ

ェでの楽しみ。今回の滞在では、たくさんの教会の鐘の音を聞きました。その一つ一つが

今回のイタリアの思い出になりそうです。

  

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夜風が心地よいテラスで夜中まで過ごし、その輝かしい姿を堪能。

それでは、再び北へと進みます。

 

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