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« 私が見たボローニャという町 | トップページ | 素敵で嬉しい、思い出のイタリア語 »

2011年8月19日 (金)

始まりはボローニャ中央駅から

 

ボローニャのシンボルといわれる場所はいくつかありますが、Stazione di Bologna Centrale

(ボローニャ中央駅)は、ボローニャでの第一歩を踏んだ場所であり、何度となくここから

旅に出た私の、たくさんの思い出の始まりとなった場所。というわけで、“ボローニャという

町”の始まりはここから。

 

Stazionebolognacentrale_1  

 

遠い昔から交通の要所だったボローニャの、初代駅舎は1876年に完成。まずはミラノ方

面へと向う列車が開通し、続いてフェッラーラを通ってヴェネツィア方面へ、そしてトスカー

ナへと向う路線がここから発車しました。今では東西南北イタリア各方面への列車が行き

かう、大きなターミナル駅となっています。TRENITALIAによると、一日の平均利用客数は

15万9000人、年間利用者は5千800万人におよぶとか。

 

Stazionebolognacentrale_2  

 

切符売場の窓口はいつも混んでいますが、自動券売機の数が多く、私の滞在時はほとん

ど待つことなく切符を購入することができました。駅構内にはBAR、タバッキ、エディーコラ

やファーストフード店があり、ちょっとしたショップも2、3あります。有料トイレ、荷物預かり

所、薬局などの施設も完備。詳しくはTRENITALIAのページでどうぞ。

TRENITALIA・BOLOGNA CENTRALEのページ

 

ローマのテルミニ駅やフィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅、ミラノ中央駅のような、

き止まり型の駅ではないため、地下へ降りなければ行けないホームが多く大きなスーツ

ケースの上げ下ろしに難儀しましたが、今は全てのホームにエレベータが設置され、本当

に楽になりました。でも、いつでも親切な人たちが現れ、手を貸してくれた以前を懐かしく

思ったりして。勝手なものですね。

 

Stazionebolognacentrale_4  

 

主要ホームのほか、Est、Ovestに別のホームがあり、ローカル線はここからの発着が多

いのです。私は人の少ないPiazzale Ovestの雰囲気が好きで、ローカル線で帰ってきたと

き、列車がここに到着すると、やっとボローニャに帰ってきた!とホッとしたものです。

 

Stazionebolognacentrale_6  

 

1980年8月2日、このたくさんの人が行き交うボローニャ中央駅で、今もボローニャの人た

ちが忘れられない大きな悲劇が起こりました。真夏の土曜日の朝、たくさんの人がこの中

央駅から旅立ち、ここに到着し、またここで乗換えの列車を待っていました。1番ホームの

前にはSala d'attesa(待合室)があり、今も列車を待つたくさんの人の姿が見られます。

 

午前10時25分、その待合室で大きな爆発が起こり、待合室のみならず駅舎は崩落、多く

の人がその下敷きになり、85人が死亡、200人以上が負傷するという大惨事となりました。

この爆破は待合室にあったスーツケースに入った爆薬によるもので、テロリストの仕業で

した。このネオファシストによる無差別テロは、強い共産主義思想をもつボローニャの人た

ちにとって、耐え難い怒りと悲しみをもたらしたことでしょう。この事件について話してくれた

学校の先生は、駅に行ったら10時25分で止まった時計をみるように、と言いました。今もこ

の時の記憶を留めるために、爆破が起こった時間のまま残されているのです。

 

Stazionebolognacentrale_5 

 

また、現場となった駅の待合室、そして町の中心にあるSala borsaの前にはこのテロで亡

くなった犠牲者たちの名前が掲げられています。この中には、一人の日本人の若者の名

も。世界中の人々が行き交うこの駅で起こった悲劇は、今も風化することなくボローニャの

人々の心に残り、2011年の今年も、広場や大通りを埋め尽くすたくさんの人々による追悼

式が行われました。

事件直後の様子や今年の追悼式について、corriere della seraの記事で見ることができます。

 

その後再建された駅舎ですが、今再び建て替えの計画が進み、2008年8月のコンクール

で選ばれた日本人建築家の磯崎新氏のデザインによる駅舎の建設が予定されています。

とはいえ、私が滞在中はまだまだ手付かずのように見えましたので、完成はいつになるこ

とやら...

ただ、新しい駅舎になっても、あの時計はきっと、10時25分のまま残されることでしょう。

 

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ボローニャという町」カテゴリの記事

コメント

risonettaさん、こんばんは。

いよいよ始まりましたね、risonettaのボローニャ物語。
私が見た ごった返したボローニャ駅ではなく、なんとすっきりしていることでしょう。

駅で起こった悲しい出来事も初めて知りました。
そしてそれに立ち向かう市民の誇り高き行動がずっと続けられているなんて
ボローニャならではかもしれませんね。

続きを楽しみにしています。♪

forchettaさん、こんばんは!

早速ご覧頂き、ありがとうございます♪
私が出かけるのは大抵早朝で、
帰りは夜(といってもまだ明るいのですが)の
人が少ない時間が多かったからかもしれませんが、
駅も町並みと同様に落ち着いた雰囲気がありますね。

ボローニャ中央駅の爆破事件の、政治や思想については
まだまだ私には難しく、詳細は書けませんでした。
でも少しずつですが、ボローニャ市民の気質や思想にも
ふれてみたいと思います。

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